伊予を描く人
版画家 石村 嘉成さん
生きていると、いうこと。 躍動する野生の姿を描く。
愛媛を代表する版画家、石村嘉成さん。名前をご存知という方も多いだろう。環境大臣賞の受賞を記念した個展が、愛媛県美術館で開催されたことは記憶に新しい。
最新の受賞作は全国障がい者アート公募展〈みんな北斎〉での準大賞だ。彼には自閉症という発達障がいがある。受賞作は版画ではなく、高校生の頃からつけている日記帳で、白無地のノートの見開きに絵と日記を毎日、休むことなく描き(書き)続ける現在進行形の作品。石村さんにとっては“ネタ帳”ともいえるものだ。
ノートに描くという作業で日々着想を刺激し、一旦制作に入ると、大きな木版をくるくると回しながら黙々と彫り進める。時には休憩もそこそこに、長時間作業に没頭することも。〈みんな北斎〉展の審査員の講評にもあるように、そのすさまじいエネルギーと好奇心は、生涯をかけて作品を生み出した江戸時代の浮世絵師・葛飾北斎とも重なる。
初めて版画に触れたのは、高校3年生の時だった。父の和徳さんによると、「それまで息子に絵の才能があると思ったことはありませんでした。美術の先生から、『石村君は線が面白い。版画が向いているじゃないか』と言われ、挑戦してみたのがきっかけです」。
モチーフは決まって昆虫や動物。幼い頃から大好きで、図鑑がボロボロになるまで眺めていたそうだ。描くのも生態を知る“野生”のものだけ。「特に野生動物の狩りや、生死を賭けた雄同士の決闘に興味があるみたいですね。ペットの犬や猫には見向きもしなくて」と和徳さんが笑う。
実際に見て、感じたことを画面にぶつける。作品〈マダコ〉は、2016年、東京の水族館で観察したものだ。「足の裏の吸盤を見せつけられて、びっくり仰天しました」。大きな吸盤を、水槽に見立てた画面いっぱいに這わせるマダコ。大半の作品に添えられる短い言葉はユーモラスで、そして時に、はっとさせられる。
やわらかな背景のグラデーションも特徴のひとつ。スポンジに染み込ませたアクリル絵の具を紙に乗せてから刷りの工程に入るため、版画ではあるが、ふたつとして同じ作品はない。好きを極限まで突き詰めながらも良い意味で力の抜けた作風は最年少の19歳で優秀賞を受賞した2013年の〈第2回エコールドパリ浮世・絵展ドローイング部門〉でも高く評価された。
最近は版画だけでなく、絵画にも活動の範囲を広げている石村さん。「やりたいことがありすぎて大変ですが、楽しいです。僕の作品を見て嬉しい気持ちになったり、優しい気持ちになったり、元気になったりしてほしいです」。
真っ直ぐな表現で心に迫る作品同様、そう語る石村さんの言葉によどみはない。眺めているだけで温かな気持ちになったり、生きる勇気をもらえたり。彼が創る作品は、だからこそ多くの人々の心を捉える。
石村 嘉成(いしむら・よしなり) Profile
1994年、愛媛県新居浜市生まれ。2歳の時に自閉症と診断される。母親の死を乗り越え、2013年より自宅アトリエにて本格的な制作を開始する。新人ながら国内外で数々の賞を受賞。2017年11月には東京・表参道ヒルズで個展を開催。展覧会情報はWebサイトで随時発表。
※この記事は2017年3月の取材をもとに加筆修正したものです。
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